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パティスリー稲垣について

○作りたてを急速冷凍。美味しさそのままでお届けします。

パティスリー稲垣は2001年よりネット通販メインでスタートしました。

グレープフルーツタルト

冷凍技術の発達により、作りたての味をそのままに、日本全国どこでもお届けすることが可能となりました。
その流れで、店舗を構える現在でも、ケーキ販売の冷蔵ショウケースを持たず、冷凍で販売しています。

召し上がる際に解凍時間が必要な事等、お客様には説明が必要ですが、売れ残りによる廃棄ロスがゼロのため、その分コストを下げることが可能となり、また、環境にもやさしい取り組みとして、今後もこの方法で販売していく方針です。

2012年よりベーカリーの販売を開始。
粉にこだわったベーグルやバゲットは多くの方から支持されています。

冷凍ならではの新鮮さ

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○どんなケーキなの?

料理人が作る洋菓子です。
どのケーキ職人にも師事せず、独自の感性と料理人ならではの経験・知識から独学にてオリジナリティあふれる洋菓子作りを展開しています。

フロマージュ・ダムール

○料理人がなぜケーキを?

どんなに料理が素晴らしくても、締めのデザートでコケれば全てが台無しになってしまう。
料理人時代、レストランでのコースメニューの中で、デザートの重要性を常々感じていました。
とはいえ、単に「ケーキが大好き」という理由も少なからずあるようです。

独創的なクリスマスケーキは毎年人気

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○テーマは「美味しさへの飽くなき追求」

パティスリー稲垣の美味しさは常に進化します。
今日「これぞ最高の出来」と思っても、明日は「もっと美味しくなるはず」と。
美味しさにゴールはない。それがシェフの持論です。

フロマージュ・ダムール

○美味しさにこだわるシェフならではの選定眼。

例えば……左の画像のケーキに使用するゴルゴンゾーラチーズは1kg程度のブロックで仕入れますが、個体差があります。味見して風味の弱いもの・塩分が強いものは一切使用せず他の焼き菓子等に回します。
旨味を十分引き出すため、ギリギリまで熟成させ-30度以下で保管しています。自然が生み出す季節の恵みの本当に美味しいところだけを使い、仕立てあげているのです。

そうして生まれたフロマージュ・ダムール

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○シェフってどんな人?

料理人の道を選んだのは22歳の頃。都内の創作フレンチやイタリアンなどで修行を積み、その後様々な規模・コンセプトのレストランの料理長として研鑽を重ねました。

ティラミス

大きな転機となったのが、ある食料品商社が手がけたイタリアンレストラン。
日本一高い地価で知られる銀座4丁目、銀座三愛ビル最上階「リストランテ・シエナ」の料理長に就任、腕をふるいます。

当時はバブル最盛期。連日予約で満席。中でもコース料理のデザートとして提供していたシェフのティラミスは大人気を博し、雑誌hanakoやTVなどでも取り上げられ、のちにティラミスブームの火付け役と言われたほど。

その後、統括料理長として系列ティーサロンやイタリアンバールなど、料理のみならず、ケーキ・ベーカリーなどのメニュー開発も手がけました。

当時の経験が、現在のパティスリー稲垣の礎となっています。

シェフのティラミス

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○パティスリー稲垣の生い立ち

時は流れ、バブル崩壊。会社が外食事業からの撤退を決断します。
そんな折、自分が本当にやりたいことはなんだろうと考えた結果、ある思いにたどり着きます。

2004年店舗写真

[大好きなデザートの一皿を、より多くの人に気軽に楽しんでもらいたい]

そこで退職後、単身渡仏。 パリにて伝統的フランス菓子の基礎を改めて学び直し、帰国後独立。
自宅キッチンを改装、ごく小規模な厨房設備を入れ、当時はまだ珍しかったインターネット通販による洋菓子の販売をスタート。

メニューといえば焼き菓子がたったの数種類。それがパティスリー稲垣の船出です。2001年秋のことでした。

2004年 実店舗オープン

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◆シェフ・稲垣昭の来歴

広島県で生まれ、長野県で育つ。
約15年間、都内の創作フレンチ、イタリアンなどで修行を積む。

シェフ

1990年 片岡物産が手がけるイタリアレストラン「シエナ」の料理長に就任。
1993年 外食事業部統括料理長に就任、料理・ケーキ・パンの開発に携わる。
2000年 退職し1年間の充電期間をとる。
この間にパリのホテル・リッツ、リッツエスコフィエにてケーキを学び直す。

2001年 自宅を改装し当時まだ目新しかった洋菓子のネット通販を開始。

ケーキはすべてシェフの手作り

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